近年、Webサービスなどが語られる際に、UX(User Experience ユーザーエクスペリエンス)という言葉を耳にする。一般的にUXは「ユーザー体験」と説明され、Webサービスの使い心地を語る際などに用いられることの多い言葉だ。
では、UXの本質とは何なのか。以前から使われてきたUI(User Interface ユーザーインターフェース)との違いはどこにあるのか。改めて問われると、返答に困る人も多いのではないか。
そこで今回は、1978年の創業時からUXを重視し、「弥生会計」を中心に、会計ソフト分野で16年連続売上No.1を誇る弥生株式会社に取材を実施。同社で全製品に対してUI/UXのチェックを手掛けるエンジニア・鷹羽隆文氏に、業務ソフトウェアにおけるUXのあり方、今後の展望などについて伺った。
鷹羽隆文(たかば たかふみ)氏
大学卒業後、IT企業で組み込み系や放送局のシステム開発などに携わる。その後、ベンチャー企業の立ち上げに参加。退職後、旅行系のポータルサイトを運営する会社に勤めた後、2014年に弥生へ入社。現在は「YAYOI SMART CONNECT」の画面設計/実装を主に担当している。
- 1. 個人差を排除し、イチから学んだUXの知識が武器に
- 2. 「UXハニカム構造」を基準に、多面的に検証することが大事
- 3. コールセンターのユーザーの声を起点に、PDCAを回す
- 4. 「使いにくい」と感じたユーザーは、二度と戻ってこない
- 5. 個人としても、会社としても、「UXを追求していきたい」
1. 個人差を排除し、イチから学んだUXの知識が武器に
―まずは、鷹羽さんが弥生に入社された経緯と、担当されている業務などを教えてください。
鷹羽氏:2014年6月の転職フェアに出展していた弥生のブースで、現場のエンジニアと話をしたことが入社のきっかけです。エンジニア同士、技術の話で盛り上がり、ものづくりへのこだわりの部分ですぐに意気投合しました。この人たちと一緒に働きたいと直感的に思えたことが大きかったと感じています。
現在は、会計・確定申告ソフトに搭載されている自動取込・仕訳機能「YAYOI SMART CONNECT」の設計、実装と併せ、全ソフトのUI/UXをチェックするチームにも関わっています。
―UI/UXをチェックするチームに加わった経緯と、そのチームではどういったことをしているのかを聞かせていただけますか?
鷹羽氏:始めは業務レポート内で、プログラミングなどの技術的な情報共有をしていました。前職ではUI/UXにも関わっていたので、共有の一環としてUI/UXについての情報も紹介していたことが、チームへ加わったきっかけです。
チーム名は、通称「俺のUX」(笑)。当時、「俺の~」という店名の店が流行っていたのにちなんで名づけました。その名の通り、まずは「自分たちのUX」、つまり新しい機能・サービスで追求するUI/UXについて、開発者・デザイナーに語ってもらう。それに対し、チームで「ユーザーにとって本当に使いやすいものなのか。価値があるものなのか」という視点でレビューをしていきます。
これは全製品が対象で、何か機能の追加や変更があった際は必ず「俺のUX」によるチェックを経なければなりません。
―前職ではWeb系サービスを手掛けられていたと伺っています。エンジニアの方が、なぜUI/UXに関わるようになったのでしょうか?
鷹羽氏:もともとは旅行関係のポータルサイトで画面設計/実装を手掛けていました。担当していた業務が画面設計/実装という性質上、業務の内容もユーザーの「使いやすさ」に絡んだものが多かったことが、UI/UXについて興味を覚えるようになったきっかけです。具体的には、日々の業務を行う上で「使いやすさ」をめぐってチーム内のすれ違いが多かったからです。
例えば、ディレクターの指示通りに作ったとしても、当の本人から「うーん、違うなぁ」と、それまでとは正反対の指示が出てくることが往々にしてあります。そして、言われたままに作り直したとしても「やっぱり元に戻して」と言われることも度々で。最終的には、上層部の“鶴の一声”で、まったく新しい案が出てくることありました(笑)。
なぜこうなってしまうのかというと、「使いやすい」という感覚が、人によって異なるからです。しかも、「使いやすさ」とは、一つひとつの機能や見た目のデザインすべてを包括した結果であり、動かしてみないと判断できないわけです。
こうした個人差による感覚のブレを排除し、そもそも「一般的にはどうなのか」が大事なのではないか。きちんとUI/UXを追求していき、人間工学的見地から体系的な知識を学ぶ必要があると考えました。
「私はこれが使いやすい」は、個人の好みでしかないと語る鷹羽氏
―人間工学的な知識とは、具体的にどういったものでしょうか?
鷹羽氏:例えば、人はWebサイトに対し、どのように視線を動かすのか。「Fの法則」「Zの法則」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。これは文字通り、FやZの字を描くように目線を走らせる傾向が強いという説です。
また、「フィッツの法則」と呼ばれる説では、マウスを使ってボタンをクリックするまでの距離や、ボタンのサイズについても、一定の相関関係があると主張しています。
もちろん、すべてのケースがこれらの法則に当てはまるとは限りません。しかし、基本を押さえることで「一般的にはこうです」「だから、サイトの構造もこういう作りになっています」と、裏付けを基に具体的な話ができるようになったのは大きかったですね。
開発サイドからも積極的にUI/UXについての意見を発信するようになったことが、UI/UXの向上にもつながっていると自負しています。
2. 「UXハニカム構造」を基準に、多面的に検証することが大事
―それでは、UIとUXをどう定義するか。鷹羽さんのお考えをお聞かせいただけますか。
鷹羽氏:UIとは、文字通りユーザーとの接点(インターフェース)。つまり、クリックしやすいボタンのサイズや位置、情報の表示スタイルや文言そのものなど、個々の要素の機能性に着目する概念と捉えています。
UXは、experience(エクスペリエンス=経験)が意味する通り、ユーザーが特定のサービスから得られる経験や満足感、つまり一連の操作から得られる体験の総体を指します。
つまり、全体を通して、「使いやすい」「これは便利!」と感じてもらえるか。あるいは「どうしたらいいかわからない」とストレスを感じるのか。こういった経験をUXとして考えています。
ポジティブな“価値”を感じてもらうには、エンジニア、デザイナーといった職種を問わず、プロジェクトメンバー全員がUXを意識することが大事だと考えています。
―UXを検証するには、多角的な視点が必要となりそうですが、弥生ではその価値の定義、算出はどのようにされているのでしょうか。
鷹羽氏:弊社で一つの基準として使っているのが、「UXハニカム構造」という概念です。
情報アーキテクチャ論の先駆者であるピーター・モービル氏が提唱したもので、「有用」「使いやすい」「魅力的」「見つけやすい」「信頼できる」「誰もが見られる」「価値がある」という7つの要素から構成されています。
例えば、「見つけやすい」だと、「ユーザーが欲しい情報にたどり着ける構造になっているか」。「魅力的」ならば、「弥生というブランドやイメージに合った、好ましいデザインになっているか」などを検証しています。
これを基に、すべての要素をバランスよく具現化できているかを見ています。
「UXハニカム構造」を用いた上で、食い違いがあればとことん話し合うという
―弥生では、創業時から製品のUXを重要視してきた歴史があると伺っています。
鷹羽氏:弊社が、「弥生会計」を始めとする「弥生シリーズ」販売をスタートしたのは約30年前のこと。当時からすると、会計は知識がある方が会計専用機を使って行うもので、知識のない方は税理士に依頼するしか手はありませんでした。
そこから、パソコンの普及に合わせ、「誰でも使える会計ソフトを世に送り出す」というコンセプトで開発がスタートしました。会計の世界への門戸を広く開いたという意味では、パイオニア的存在だと自負しています。
UXという言葉自体を使い始めたのはここ数年ですが、「使いやすさこそが価値」という先達の思いからすると、目指すところは同じであるといえます。今の弥生の開発部には「『使いにくい』は『障害(バグ)』である」という言葉があり、我々が開発する際も「使いやすさ」の追求がミッションとしてあります。
鷹羽氏は「エンジニアでもUI/UXへの理解は必要」だと主張する
―具体的に、貴社のソフトウェアのUXの強みはどこにあるのでしょうか?
鷹羽氏:「かんたん、あんしん、たよれる。」。これは弥生シリーズのキャッチフレーズでして、製品設計の部分で言えば、初心者でもいかに簡単に操作できるかを強く意識しています。
直近でいうと、最新版の給与ソフト(「弥生給与16」)では、初めて行うマイナンバーの取扱いを3ステップで簡単に設定できる「マイナンバーナビ」を搭載しました。これはガイドに従うだけで、マイナンバーと従業員の給与のひも付けなどの必須事項はもちろん、データの閲覧制限や暗号化保存などのセキュリティ面にも対応できるようになっています。
会計ソフト、確定申告ソフトにも「かんたん取引入力」という、簿記に馴染みがない方でも帳簿をつけられる機能を装備しています。例えば、簿記の知識が乏しいと「勘定科目」という言葉はわかっても、どの取引がどの分類になるのか、まず区別できません。
そういった方でも「かんたん取引入力」に従えば、取引の種類をプルダウンで選び、あとは日付と金額を入れるだけで大丈夫なように作ってあります。
ただし、弊社の場合、初めて使うユーザー、数十年使っているヘビーユーザーなど、ユーザー層も多岐に渡ります。新しい機能を追加したり、変更したりする際には、長年使ってきたユーザーが戸惑うことのないよう、多層な視点を持って、UXを検証するようにしています。
3. コールセンターのユーザーの声を起点に、PDCAを回す
―UXに関するPDCAサイクルはどのように回されているのでしょうか。
鷹羽氏:弊社の強みの一つが、業界最大規模のカスタマーセンター(CC)を自社で構えていること。ユーザーの生の声がすぐに上がってきやすいのがメリットです。
よって、PDCAサイクルでも、ユーザーからの問い合わせや意見を起点に、解決策のプランニングからレビュー、実装まで回していく流れになっています。
また、去年からは、開発プロジェクトチームにCCのメンバーも加わってもらうことで、PDCAサイクルのスピードアップにも務めています。
―実際に関わったプロジェクトで、UXへの具体的な取り組みの事例、その際に苦労された点などを教えてください。
鷹羽氏:例えば、2015年2月に弥生の「メッセージセンター」という機能を改良するため検討・設計したときのこと。弊社からのお知らせや、FAQの中でも表示頻度の高い質問を一覧で表示する同機能に、各製品を起動するためのボタンを搭載するというのが当初の計画でした。
しかし、改めて全体の構造を見た際に、ソフトを起動するショートカットが他にもたくさんあり、ユーザーが戸惑う要因になっていることに気づいたのです。
部分的な機能追加では、トータルな意味でのUX実現につながらない。そう考え、当初の計画を白紙に戻し、画面全体を作り直したことがありました。
「徹底したユーザー目線に立つことが信念」と鷹羽氏は語る
―鷹羽さんが実装を手掛けている「YAYOI SMART CONEECT」についてはどうですか。
鷹羽氏:こちらも、最新バージョンで、UXの観点から改良を加えました。
「YAYOI SMART CONNECT」は、銀行明細やクレジットカード、電子マネーなどの取引データを取り込み、AI技術を使って、会計データに自動変換する機能です。仕訳も同時に行うため、会計業務が省けるという点がウリとなっています。
しかし、実際のユースケースを考えてみると、便利に見える機能でも実務上では「使いにくさ」につながることもあります。
例えば、営業の方の外回りが多い会社などでは、1日で旅費・交通費の取込数が膨大になることがあります。そのデータを、ただソフトに取り込むだけと、何か探したい取引があった際に大量のデータから見つけ出さなければなりません。
そこで、複数の取引の「まとめ仕訳」機能を追加することを決定しました。その際に「どうまとめる」のが、ユーザーにとって最適なのか。あるいは「まとめ仕訳を外す行程をどうするか」。細かい調整には最後まで苦労しました。
独りよがりの「使いやすさ」に走らないよう、ユーザーにとって「何がベストなのか」、あるいは「その機能の本質的な意味は何なのか」。日々、意識しつつ、試行錯誤を重ねています。
4. 「使いにくい」と感じたユーザーは、二度と戻ってこない
―前職ではWebサービスで、現在は業務ソフトウェアでUXを追求してきた鷹羽さんにお伺いします。両者で重要視するUXのポイントの相違と、共通点について教えてください。
鷹羽氏:両者に携わって、一番感じたのは、コンバージョンの考え方の違いでしょうか。
WebでのBtoCサービスの場合、クリックしてもらい、購買(課金)につながるというのがゴールなのでわかりやすいです。ユーザーの関心項目(検索ワード)に合わせ、コンバージョン率の高いランディングページの作成、トータルな意味での操作性向上がポイントになります。
一方、BtoBの業務ソフトの場合はゴールが見えにくいため、何をもってコンバージョンとするかは難しいです。代金をいただくタイミングもケースバイケース。さらに「経験+満足感」を重視する上では、ユーザーの業務上の悩みや問題を解決するところまでに達しない限り、理想とするUXにつながりません。
その点では、長期スパンで、製品のゴールとユーザーのゴールの接点を探っていくことが大事。ある意味、人間くさい作業、考え方が必要だと感じています。
とはいえ、共通ゴールは、「使いやすいものを作る」ほかならない。そこはエンジニアとして常に重視するポイントであり、勝負の要ですね。
―そうした相違点を踏まえ、Webサービスで語られがちなUXを、業務ソフトウェアでもなぜ重要視すべきなのか。お考えをお聞かせいただけますか。
鷹羽氏:今の時代、iPhoneやKindle端末など、オシャレで直観的にわかりやすいデバイスがあふれています。
そうしたツールにユーザーが慣れていくなかで、UXに対するユーザーのリテラシーも高まっている。それに伴い、求めるレベルも一昔前とは比べものにならないほどに、上がっていると感じています。
「ユーザーが求めるUXのレベルは上昇している」と鷹羽氏は述べる
以前、グロースハックの勉強会に出た際、衝撃的な調査結果を聞いたことがあります。それは、あるサービスを登録後「使いづらい」と感じ、離脱したユーザーは、二度とそのサービスには返ってこないということでした。
他に同種の商品がないから仕方なく使ったり、分厚い説明書と格闘しながら使い方を覚えたりする時代は過ぎ去ったと言えます。ユーザーはより便利なものにさっさとシフトしてしまうわけです。
だからこそ、業務ソフトウェアであれ、Webであれ、UXを大事にしなければならない。この事実を、エンジニアもデザイナーも、職種問わず心すべきではないでしょうか。
とくに、会計と聞いただけで尻込みするユーザーもまだ多い会計ソフト分野は、UXの追求によるユーザーの掘り起こし、拡大の余地は大きい。自分がやるべきこと、やれることは、まだまだたくさんあると考えています。
5. 個人としても、会社としても、「UXを追求していきたい」
―今後、鷹羽さんが取り組みたいことや、会社としての展望などをお聞かせください。
鷹羽氏:エンジニアの自分がUXを追求していくなかで、今、腰を据えて勉強したいのが「デザイン思考」です。デザイナー、エンジニアで仕事を分けるのではなく、両分野に渡る思考法を身に着けることがより重要だと考えています。
会社としては、ユーザーの行動をリアルにキャッチできるような仕組みを整備していくことを目標の一つとしています。ページ離脱率などの具体的な数字を基に、操作性の改善や新しいサービスを考えていきたいという強い思いがあります。
まずは、パッケージ版に加えてリリースしているクラウドアプリケーションにおいて、具体的な数字を基に、ショートタームでPDCAを回すことはできないか。創業時から弊社がこだわり続けてきたUXを、新たな環境でいかに実現するか。模索しているところです。
―最後に、UI/UXに興味を持ち、勉強してみようと思うエンジニア・デザイナーに向けてアドバイスをいただけますでしょうか?
鷹羽氏:自分の経験からも、まずはUXについて、どこでも通用する一般的な概念、考え方を取得することが先決だと思います。
その上で、体系的な知識、さらには数値といった、具体的な裏付けをバックボーンとする発言を心掛ける。こうした積み重ねこそが、短期では結果が見えにくいUXを日々の業務で具現化していくことにつながるのではないでしょうか。
ぜひ多くのエンジニア、デザイナーの方々にUXに関心を持っていただき、切磋琢磨しながら、いいサービスを提供できればと考えています。
レバテック営業担当「町野史宜」から一言!
「使いやすさ」を何よりの価値とみなす姿勢が印象的
業務用ソフトウェアでの開発といえば、機能の拡充が主なお仕事と思っていましたが、利便性やUI/UXを重点的に追求していることに驚きました。特に「俺のUX」で「使いやすさ」の本質を探り続ける姿勢からは、弥生が愛され続ける理由を垣間見た気がします。鷹羽さんご自身からも、エンジニアだからと職域を分けずに、Webでのご経験を活かしてUX向上に努める姿に大きな刺激をもらいました。