- 白井英(しらい すぐる)氏の経歴
- 1995年~2001年 大学(院)時代
- 東北大学にて宇宙地球物理学科を専攻し、C言語のプログラミングを経験
- 2001年~2007年 SIer時代
- 業務系Webシステムのアプリエンジニアとして従事しつつも、インフラのプロジェクトにも関わる
- 2007年~2009年 ベンチャー時代
- アプリ開発だけでなく、エンジニアのマネージメントも担当
- 2009年~2014年 サイバーエージェントゲーム系子会社時代
- 子会社間を横断的に動き、全体のサポートを行う
- 2014年~2016年現在
- 子会社9社を取りまとめるCTOに就任。子会社間でのノウハウ共有促進などのマネージメント業務を主に行う
前回に引き続き、「CTOの職務経歴書」には株式会社サイバーエージェント SGE統括本部 CTO 白井英氏が登場。後編では、CTO就任の経緯から現在のお仕事、そして子会社9社を束ねるCTOだからこそ抱く思いなどを伺った。
1. グループ内で横断的な動きをしていたことでCTOに
―白井さんがCTOに就かれた経緯はどのようなものでしょうか。
サイバーエージェントのゲーム事業では、2009年のフィーチャーフォンゲームの立ち上げから、新たな領域に参入する段階では大きい組織を作らずに、小さな組織を複数作ることで進めていく子会社戦略をとってきました。その後、弊社も業界も成熟していく中でグループの中から出てきたのは、個を大事にしつつも、子会社同士の横でのシナジーを生み出していこうという考え方でした。そうした経緯から、2014年10月に、サイバーエージェントのゲーム事業がSGE(Smartphone Games Entertainment)として統括されました。
先述したように、自分は入社した当初から子会社間を横断的にサポートしてきましたので、その流れでCTOに就きました。
―なるほど。子会社群をとりまとめるCTOのお仕事とは、どういうものなのでしょうか?
子会社単独ではなくゲーム事業全体のCTOですので横軸の連携を促すのがメインです。
たとえば、子会社間のノウハウ共有を目的にしたミーティング――我々の間では“虎の巻”と呼んでいますが――を定期的にやっていまして、主にサーバサイドやインフラのノウハウなどを横展開しています。共有するためには、当然各プロジェクトを幅広く回って情報収集しなければなりません。調子のいいプロジェクトも悪いプロジェクトも見て回り、何が要因なのかを探るということが必要です。
エンジニアは、自分からは成果を語らない傾向があるため、ミーティングでのファシリテートも重要だと語る
―その他にはどういったことをされているですか?
エンジニアの育成も担っています。代表的なところでいうと「Tech Rookies 」という施策をやっています。これは若手エンジニア育成のための仕組みです。
今のアプリ開発ではネイティブアプリを作ることが圧倒的に多くなりましたが、「サーバサイドのプログラムは書けるけど、ネイティブのプログラムは書けません」という若手もいます。反対に、ネイティブはわかるけど、サーバサイドはできませんという人もいます。これは理想論かもしれませんが、エンジニアはサーバサイドもネイティブも理解していることが大切ではないかと思っています。「Tech Rookies 」はそういったハイブリッドなエンジニアを育成するためのプログラムなんです。
具体的には、新卒~入社3年目までの若手からメンバーを選抜し、普段サーバサイドエンジニアとして仕事をしている人はネイティブを、逆にネイティブエンジニアはサーバーサイドを2週間に1度、実際にコードを書きながら学んでいきます。私は、サーバサイド側の講師を担当しています。
―若手育成に力を入れる狙いはなんでしょうか?
若手を盛り上げると会社全体が活性化するというのが狙いです。会社に入ったばかりのメンバーを目立たせることで、「若手が知識を吸収しているのだから、上にいる人間も負けていられないよね」と遠回しなプレッシャーをかける意味もあります(笑)。
―若手エンジニア以外の育成ではどうでしょうか?
事例を1つ挙げると、年に1回、子会社9社を集めて「ヒダッカソン」という社内ハッカソンを実施しています。これもサーバサイド/ネイティブで分かれ、出されたお題に沿って規定の時間内でどれだけ開発を進められるかで競い合うという内容です。
サーバサイドでしたら、「仕様書を渡して、仕様に則ったプログラムを書いてもらい何個作れるか」「APIを作ってもらい、どれくらいのレスポンスタイムで返ってくるか」などで競い合います。ネイティブでも仕様書を渡して作ってもらうという流れは一緒ですね。1日で行うので、実質8時間でどこまで仕様書通りに作れるかがポイントになります。
―皆さんの反響はどうでしょうか?
サイバーエージェントのカルチャーなのか、こういった競うイベントはとても盛り上がりますね。去年はネイティブもサーバサイドも新卒の子が1位を取りまして、「新卒はがんばっている」といい刺激になったようでした。
2. エンジニアとしてプログラミングは一定のレベルを保ちたい
―白井さんは現在もプログラムを書くことはあるのでしょうか?
立場的に手を動かす割合は少なくなりました。全体のうち1割前後でしょうか。現場のエンジニアへ、作業の指示が出せる最低限のラインは割らないよう、キャッチアップのためにプログラミングをしています。エンジニアの責任者としては、やはりメンバーよりも知識を知っていないと仕事になりません。「●●についてはこうしなさい」と指示を出したときに、メンバーから「でも、あなたは●●の知識がないじゃないですか」と反発されるようでは説得力もなくなってしまいますからね。
ただしプロダクトのコードを直接書くことはなく、書くとしたら社内ツールやプロジェクトのための効率化ツールなどですね。自分は特定のプロジェクトへ関わることはできるだけ避けています。立ち上げや重大なトラブルがあったときにスポット的に入る形なので、自分がプロダクトのコードを書いてしまうと、後の人が触る際に余計な負担を強いるおそれがありますので。
特定のプロダクトに関わる場合は、設計やコードのレビューがメインとのこと
―お仕事をマネージメントとプログラミングとで分けた場合、どちらがお好きですか?
おそらくエンジニアはみんなプログラムを書いているときが幸せなのではないでしょうか。自分もやはりエンジニアですので、何も考えずにプログラミングに没頭している時間は大好きです。
だからといってマネージメントが嫌いなわけではありません。みんなのスキルがきちんと成果に結びつくように動き方を調整したり、今一歩しっくりきていないと感じているメンバーをサポートして全体の成果を上げたりするのはやりがいがあります。本当は実力があるのにうまく発揮できないのは、非常にもったいないと感じてしまうので。
―過去の経験が今に活きていると感じるところはありますか?
わかりやすいところでいうと3つあります。
1つは、最初の会社でインフラの経験を積めたことですね。アプリ開発だけでなくインフラ・サーバのことまでわかるようになったおかげで、ネットワーク上で何かトラブルがあったときでも、どのようにアプローチすべきかを冷静に捉えられるのは大きいと感じています。
最初の会社ではもう一つ得られたものがあって、それは人の育成方法ですね。僕自身がみっちり教えられて育ったので、今、人を教えるときのベースになっています。
あと2社目では「もうどうしようもない」と思うような状況でも、なんとかなるということもわかりました。何かトラブルがあっても諦めるのではなく、「絶対になんとかなるはず」と一生懸命やれることを考える思考が身に付き、いい結果を出せるようになってきたのかなと思っています。
―子会社9社を取りまとめる中で、どのようなことを感じますか?
子会社が何社もあることで、グループ内での刺激が生まれやすく、人が成長しやすい環境であることを感じています。
2社目で働いていたときは、自分がエンジニアの責任者になったことで、自分のスキルが会社全体のスキルの天井になってしまった感がありました。SGEでは子会社が何社もあることで、仮に1社がスキルの頭打ちを見せたとしても、隣の会社を見ればもっと進んでいたり、またその情報も流れてきやすいため、成長しやすいというメリットがあると思います。
これはそのまま課題でもあります。情報が流れてきやすいといっても、実際にはなかなかうまくいかないことも多くて。ミーティングでノウハウを共有するようにしてはいるものの、「隣の会社で先週起こったミスをしてしまった」といったことはなかなかなくならないんですよね。
各子会社を尊重したいと考えているので、それぞれがやりたいようにやってもらいたいのですが、横の連携はとってもらいたいので、そのバランスをとるのが難しいという悩みはありますね。
白井さんが定めた、エンジニアの行動指針が記された小冊子「エンジン」。上記の言葉は白井さんのお気に入りだとか
よく子会社に伝えているのは「二度目はない」と。言葉だけ見ると半ば脅迫めいていますが、意図としてはSGE全体として二度目のミスをしないでほしい、二度目はないつもり働いてほしいというものです。もう一つ話しているのは「最初から全力を出す」ということです。プロジェクトでよくあるのは「最初にこうしておけばよかった」という反省です。「段取りの詰め方が甘かった」「手間がかかるから必要な工程を省いた」など色々な理由はあると思いますが、最初からいろんな状況を想定して動こう、という意味でこの言葉を伝えています。
―白井さんのお考えになる、CTOに求められる役割をお聞かせください。
CTOはエンジニアにとっての道標だと思っています。会社の技術領域において、こっちに行くべきだと道を指し示す役割ですね。子会社の個性、一人ひとりの個性は尊重しますが、ばらばらすぎても組織として成り立ちません。自由の中に、仕事としてのルールを設定するのがCTOの役割だと感じています。
また、CTOは単なるエンジニアの責任者というだけでなく、事業にも責任を持つ立場でもあるとも考えています。エンジニアはどちらかというとエンジニアリングに目がいくので、成果や事業からずれてしまう場合があります。会社で仕事をする以上、事業で成果を出していく必要があります。エンジニアの満足度というかやりたいことを満足させつつ、それをきちんと事業の成果に結びつけていくのがCTOの役割であるとも思っています。
もし、エンジニアのメンバー全員が事業成果を意識して動けるのでしたら、CTOは必要ないのかもしれません。
―SGEのCTOとして、白井さんが今後やりたいことはなんでしょうか?
動きの速いスマートフォン向けのゲーム市場で戦っていくために、仕事のスピード感を重視してやっていきたいと思っています。個人的な意見ですが、スマートフォンはユーザーが日常的に触れるものですので、ユーザーのニーズも変化しやすく、市場の変化のスピードが速い分野であると感じています。
スマートフォンのゲームですと適切なタイミングで、ニーズに適したアプリを出さないと受け入れてもらえない。今だとスマートフォンでも3Dのゲームが流行ってきていますが、SGEも遅れをとらないよう技術的にキャッチアップしたいと考えています。
ただし、SGEの施策として、自分から「こういう技術が流行るからやりなさい」と伝えるということはあまり考えていません。子会社の個性を大事にしたいので、各子会社が「こんな技術が流行るんじゃないの?」と自由にやってもらいたいと思っています。各子会社での網の張り方がばらけた方が、結果的には市場で成果が出せる状態になるだろうと考えています。どこか1社で成功すれば、それを横展開すればいい、それが、SGEという組織の強みだと思っています。
レバテック営業担当「大林春菜」から一言!
子会社群の個性と連携のバランス取りが絶妙
サイバーエージェントのゲーム事業を、初期から支えてきた白井さんのお話はどれもが興味深いものばかりでした。特に、ゲーム系子会社群を束ねるCTOとして上からの命令を押し付けるのではなく、子会社群の個性を重んじつつ連携を図って、子会社全体を成長させていく姿勢に感銘を受けました。自分の力で活躍の場を広げてこられた姿勢は、とてもかっこよかったです!