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ITサービス&技術の進歩とともに平成を振り返るITエンジニア30年史-レバテック版-

インターネットが世の中に登場して、30年余りが過ぎました。Windows95の発売でインターネットが一般社会に普及した後も、iモードでモバイルからネット接続が可能になったり、SNSの登場で情報発信方法に変化が生じたり、振り返ればこの30年間は、インターネットの進歩とともに私たちの生活も変化してきたと言って過言ではないでしょう。

そこでレバテックでは、「ITエンジニア30年史」と銘打って、平成30年の間に起きたIT技術にまつわる出来事を年表にし、5人の現役エンジニアに座談会形式で振り返りを行ってもらいました。

平成が終わろうとしている今こそ、懐かしいキーワードもたくさん登場するIT技術30年間の歴史を振り返ってみてください。

※年表で紹介している技術やサービスの流行時期は明確に定められているものではないため、個々人の捉え方によって前後する可能性があります。

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久松 剛(ひさまつ つよし)
2018年5月レバレジーズ入社。メディアシステム部部長。日本のインターネットの父の弟子。生存戦略おじさん。最近は多機能筆箱が気に入っている。

 


寺尾 貢(てらお みつぐ)
2006年にレバレジーズへ入社し、現・技術顧問を担当。高校時代にPC自作にハマり、数枚のマザーボードを燃やした経験を持つ。

 


森實 繁樹(もりざね しげき)
大手SIerに15年間勤めた後にレバレジーズ入社、最高技術責任者。人生で初めて買ったPCは、中学生の頃に発売されたエプソンのPC-386GE 3。

 


的場 卓也(まとば たくや)
小学生の頃、PC-8001mkⅡに触れてからソフトウェアの世界を目指す。現在は業務委託として海外事業メディアの開発に従事。

 


土橋 雅一(つちはし まさかず)
10代後半にPerlで自作掲示板など作って過ごし、20代半ばからエンジニア業務に従事。現在はフリーランスエンジニアとして、レバテックに参画。

インターネット黎明期。Netscape Navigatorによる有料ブラウザの登場

久松:日本でインターネット接続が実験的に開始されたのは昭和の終わり、1984年のJUNETですね。私の師匠である村井純先生が当時東京工業大学に居た際、東京大学や慶應義塾大学とUUCPによるメールをやりとりするための実験ネットワークです。「手紙をやり取りするのが面倒だったから」というのがモチベーションの一つだったと聞いています。88年にはWIDEプロジェクトがスタートし、92年には日本初の商用ISPであるIIJが誕生します。そこから平成に入って急速にインターネット市場は拡大していくわけですが、的場さんはいつからエンジニアですか?

的場:僕は71年生まれで、働き始めたのは93年からです。みなさんは僕より10歳くらい年齢が若いと思うんですけど、PCやインターネットに初めて触ったのはいつ頃だったんですか?

森實:僕はWindows95の前に出たWindows3.1が最初で、インターネットはネスケ(Netscape Navigator)で始めました。当時は有料ブラウザでしたね。

的場:Windows3.1の登場で、僕の周りにもインターネットをやりたいって人が一気に増えた印象があります。TCP/IPのインストールをサポートするために、友だちの家をまわってましたよ(笑)。93年にはMosaicがリリースされ、World Wide Webが身近になりはじめていきました。

森實:今はインターネットを使える状態がデフォルトに近いですけど、当時は完全にオプショナルな存在でしたもんね。初期設定も専門的な知識がないとできなかった。

土橋:僕が初めて触ったPCはMacでした。父親の趣味で、93年に発売されたMacintosh

Quadra 610が家にあったんですよ。200MBくらいの外付けハードディスクを使っていたんですけど、当時はPCの仕組みとかも理解してなくて、イニシャライズってなんだろうと思ってクリックしたらデータが全部消えて父親に怒られた記憶があります(笑)。

寺尾:あの頃はメニュー画面から簡単に消せる仕様でしたからね。

的場:外付けハードディスクが登場したときっていうのも衝撃的だった。昔の記録媒体はカセットテープだったし、フロッピーが出たときも驚いたけど、ハードディスクのインパクトが一番大きかったな。

寺尾:僕は土橋さんと同じ82年生まれなんですけど、PCを触ったのは結構遅くて、Windows95が出た頃に叔父からPC-9800を譲ってもらったのが最初です。

ファミコンを買ってもらえない家庭だったので、PCでゲームがしたかったんですよ。当時のレトロPCゲームって、5インチのフロッピーディスクを何枚か入れると始まるんですが、入れる順番を間違えたら動かなくなる(笑)。ゲームといってもスペースキーを押すだけのアクションゲームだったんですけど、それを一日中やってましたね。

土橋:レトロPCゲームといえば、GeoCitiesですよね。レトロゲームで検索したらGeoCitiesで作られた攻略サイトとか、たくさん出てきます。このままだと、90年代に積み重ねられてきたノウハウや文献の半分くらいがなくなってしまう。GeoCitiesのサービスが開始されたのが1994年で、平成の終わりとともにサービスも終了ってすごくショックです。

寺尾:GeoCitiesは、当時のインターネットの入り口みたいなものでしたよね。サイト作って、CGIでアクセスカウンター置いて、キリ番ゲットで一喜一憂して。94年から2003年くらいまで続いたイメージです。

的場:BSDは77年まで遡りますがLinuxは91年が最初のリリースになりますね。ちなみにSolarisは92年です。随分と仕事ではお世話になりました。

日本のコンシューマPC市場はNECのPC-9800シリーズの独り勝ちだったけど、PC-AT互換機とWindowの普及で駆逐されちゃったんですよね。それまでセットになっているのが当たり前だったマシンとOSが切り離せることが分かって、別のOSを入れる人が出てきた。加えてインターネットの普及で流通コストが下がって、フリーウェアOSが登場してからはWindows以外のOSを入れる人たちも増えました。それがFreeBSDだったり、Linuxだったりします。

ちなみに少し先の話になりますが、90年代後半には、英国王室がWebサーバにLinuxを採用したという事件もありましたね。これによって、それまで有料サーバしか認めていなかった企業も、WindowsやSUN-Solarisのサーバから、Linuxサーバに切り替えるところが出てきたんですよ。

Windows95の発売により、一般社会にインターネットが普及

的場:90年代に携わった仕事でいうと、96年頃にインターネットを使って有名アーティストのライブ配信をするっていう仕事があって、その開発はすごくおもしろかったですね。

Windows NTを使うんですけど、音楽はストリーミングで、動画はサイズの小さい静止画を数秒ごとに流すかたちで配信するんです。超ナローバンドな世界でしたが、少人数限定のライブ配信などはアーティストのファンの間でも盛り上がりました。当時としては実験的なサービスだったと思いますね。

寺尾:インターネットが一般ユーザーに大々的に普及したのがWindows95発売以降だから、的場さんが携わっていたライブ配信サービスは注目度が高かったでしょうね。95年は流行語大賞でも「インターネット」が入賞していますよ。

久松:私は2000年にITバブル賑わう慶應SFC村井研究室に入りました。村井先生は流行語大賞で入賞した「インターネット」の受賞者ですね。当時の研究室ではFreeBSD派、NetBSD派、Linux派に至ってはディストリビューション別に分かれていました。ただ、OSの垣根を超えて映画「マトリックス」のように、黒いターミナルに緑文字の人は非常に多かったです。IPv6を後押ししているWIDEプロジェクトではBSD系のKAME projectが98年に始まり、それを追う形でLinux系のUSAGI projectがありました。kernelの再構築で、ランチに行って帰ってこられる牧歌的な時代でした。

森實:普及という点では、97年にリリースされた「Ultima Online」をきっかけにインターネットを始める人も多かったですよね。Ultima Onlineはいわばオンラインゲームの走りですよ。

寺尾:「廃人」という言葉が生まれたのもこの時期ですよね。テレホーダイサービスで23時~翌日8時まではダイヤルアップ接続でインターネットが定額で使えたから、寝ずにプレイして生活に支障が出たり、ゲームの世界から出てこられなくなったりする人がたくさんいましたし、夜通しチャットで知らない人と話すことにハマッた人も多かったんじゃないでしょうか。

久松:世の中では96年にポケベルの加入者数が1000万人を超えて、ポケベルにメッセージを送るための大行列が高校の公衆電話前にできていました。私が通っていた高校では、生徒会に公衆電話を増やせ、という投書も大量に届いたんですよ。結局、その翌年にはPHSがあっという間に広がって、PHSからポケベルに直接メッセージを送れるようになったので誰も並ばなくなりましたが。

的場:ポケベル時代には、Web画面に文字を打ち込むとポケベルの信号に変えられるサービスの開発にも携わってましたよ。回数課金なのに、それでも使いたいおじさんがいっぱいいました。女子高校生の娘にメッセージを送りたいっていうお父さんとか。

ただ、その後すぐPHSでショートメッセージが送れるようになったり、携帯電話が一気に普及したりしたことでポケベル文化は廃れていきましたね。

土橋:99年にはiモードのサービス開始や、2ちゃんねるの開設などがありますね。

久松:2ちゃんねるは、当時の大学生にめちゃくちゃウケたんですよ。大学院時代に授業のアシスタントをしていたとき、教室の後ろから生徒を見ると画面が大体緑色でしたね。その後は大学やキャンパス別ちゃんねるができたりして。

的場:当時働いてた会社に、2ちゃんねるの携帯版を一緒に作りましょうって話がきたことがありましたよ。結局、条件面が合わなくて、別の会社が開発することになったんですけど。

森實:ええ、それはすごい。ここに生き字引がいましたね(笑)。

久松:98年の長野五輪では動画中継を大学の先輩らがやっていました。大学の授業配信などもありましたが、RealPlayerがよく使われていましたね。

森實:Akamaiも登場してくる頃ですね。コンテンツを1サーバに置くのではなく、キャッシュとして複数のサーバに置き負荷分散させるCDNの仕組みが始まりました。95年頃から8年ほどかけてインターネット接続ユーザが増え、負荷分散が求められていく様子が分かります。

検索エンジン戦争に終止符。Google検索がデフォルトの時代に

土橋:2000年代は、みなさん思い出深い出来事が多いんじゃないでしょうか。

久松:まず、トピックとしては2000年問題がありますよね。何か重大なトラブルが起こるんじゃないかってIT界隈の人たちは戦々恐々としていましたが、結局特に困るようなことは起きなかった。

寺尾:昔のプログラムは年数を下2桁のみで表記するのが標準だったから、1999年から2000年に移ると00に戻ってしまって誤作動を起こすんじゃないか、と言われてたわけですけど。

的場:2000年問題が騒がれはじめた頃、僕は仕事でiモードのコンテンツを開発していました。その頃にはもう2000年が来ることがわかっているから、それで動かなくなるようなものは作らないですよね。

結局、最初の設計段階でどれだけ先を見越して作っているかってことなんですよ。次は2038年問題がありますけど、もし「2038年にはもう自分は働いていないからいいや」っていう考えの設計者がいたら、その人が設計したシステムには問題が起きるでしょうね。

森實:でも、第2次~第3次オンラインシステム時代の開発者のことを考えると、年数を2桁に設計した気持ちも痛いほどわかりますよ。

僕は2003年に新卒入社したSIerで、最初に担当したのがCOBOLとアセンブラで書かれた基幹システムをJavaに置き換えていく仕事だったんです。元のコードを確認したら、少ないメモリをどう確保して必要な記述をしていくか、すごく工夫されているのが伝わってくるんですよ。年数を2桁で表現しないでほしいって言うのすら、おこがましい気がしてしまいましたね…。

土橋:そういった問題は確かにありそうですね…。記述方法を教育するのも大変そう。

森實:本当に大変だったと思います。

久松:1999年からに2000年になるとき、私も所属していたWIDEプロジェクト界隈では世界地図のアプリを作って、1月1日を先に迎える国を順番にモニタリングしていって、ネットワークにトラブルが起きてないか確認するっていうのをやってたみたいです。

寺尾:ほかにも2000年代の頭には、90年代後半から続いていた検索エンジン戦争にも終止符が打たれましたね。Googleの一人勝ちです。

森實:Google登場以前は、千里眼やinfoseek、Excite、フレッシュアイ、kensaku.orgとか目的別に検索エンジンを使い分けている人が多かったですけど、2000年にGoogleの日本語版が出てからは早かったですね。

寺尾:今月の検索エンジンランキングサイトなんかもありましたね。Googleがアドワーズ広告を始めて、広告収入による検索エンジンの仕組みを確立させたのも2000年です。ISDNやADSLも登場して、インターネット回線が常時接続になったことでネット環境もずいぶん整ってきた頃です。

的場:2000年にはiモードをはじめとした携帯電話でのインターネット接続が一気に浸透したので、着メロ配信サービスでものすごく盛り上がった記憶があります。当時は人が本当に足りてなくて、少しでもシステムのことがわかる人ならみんな採用しているような状況でした。アルバイトでも時給2000円とか、かなり高給だったんですよ。

久松:98年に1.0が勧告されたXMLが流行り始めたのも2000年代前半でしたね。その後のOffice製品でも継承されていきましたが、インターネットを経由してアプリケーションがサーバと連携してできることに多様性が生まれた頃でもありますね。

土橋:2000年代前半は、労働環境としては過酷だったんじゃないですか?

的場:忙しかったですね、ダンボール敷いて寝てました。一枚敷くとあったかいんですよ。

森實:この頃ですよね、「過労死」って言葉をよく目にするようになったのも。

寺尾:過労死は2002年にオックスフォード英語辞書に登録されたみたいです。当時の無茶な働き方が、IT業界=ブラックというイメージにつながっているんですよね。

土橋:今では皆当たり前に使っているmacOS、当時はまだMacOSXですが登場したのは2001年なんですね。

久松:2000年にPublic Betaを購入して、タンジェリンのiBookにインストールして使ってました。当時はWindows 9割、MacOS 1割以下とか言われていた頃の話です。BSDやLinuxが好きな面々が次々とTerminal.app上でtopコマンドを叩いては歓声を上げていました。

G4のベロシティエンジンに対応しているアプリだと、処理速度が通常時だと400MHz-500MHzなのが1GHzに載るのでスーパーコンピュータだ、と騒がれていましたね。核兵器が飛ばせるので一部の国に輸出禁止だという話もあったり。

森實:今ではWeb系エンジニアの勉強会などに行くとWindowsの方が1割以下じゃないですかね。

久松:Nimda、CodeRedなどウィルスが猛威を奮ったのも2001年でした。全国紙の一面にコンピュータウィルスが載ったり、TVで取り上げられたりしてインターネットの広がりと国民のライフラインへのインパクトに発展しているんだなと感じた事件でした。

土橋:ファイヤーウォールなどが本格的に普及したのもこのあたりからですね。

寺尾:Flashが広まっていったのもこの頃ですね。ゴノレゴとか千葉滋賀佐賀とか。

Web2.0時代へ突入。SNSの流行で、サービス開発の姿勢も変化

森實:2004年頃からは、mixiやFacebookといったSNSがどんどん登場し始めましたね。あの頃ってSNSと呼ばれるものにかたっぱしから登録してませんでした?

土橋:してましたね。

的場:OpenSocialみたいなプラットフォームができてから、OpenPNEを使った会員制サイトを作るのが流行ったんですよね。僕もちょっとでも興味あるサイトはとりあえず全部登録してました。

久松:SNS登場当時はインフラ界隈の研究者では「でかい会員制サイトができたらしい」くらいの認識の方も多かったです。それまでのインターネット上のアプリケーションはポート番号ベースで分かれていたので「httpがftpを抜いた」とか「P2Pがトップに躍り出た」などと議論され、「次のキラーアプリケーションはなんだ?」と熱く議論されていましたが、まさかみんな80番と443番になっていくとは思いませんでしたね。

土橋:2001年のMovable Type、2003年のWordPressが登場してからは、ブログの普及が一気に加速したんですよね。2003年にはてなダイアリー、ライブドアブログ、シーサーブログがリリースされてるんですね。

久松:個人のいわゆる「ホームページ」からブログに移行する人たちも多かったですね。それ以前は「ホームページはWEBページのトップページを指すものであって、全体を指す言葉としてホームページと呼ぶのは間違いだ」という論調がよく見られました。でも、ブログの浸透とともに議論も薄まっていきました。

久松:あと、2004年はITエンジニアにとって大きな分岐点となった年でもあるんですよ。

それまでのインターネットは技術オリエンテッドで、技術者や研究者が作りたいものや必要だと考えたものを作り、ユーザーは一方的に情報を受け取る側でした。それが2004年頃にSNSが登場したり、ECが浸透し評価機能が広まり始めたりしたことで、ユーザーからもリアクションが返ってくるようになりました。ユーザー自身が情報の発信者になって、双方向に情報のやりとりができるようになった、Web2.0時代ですね。

ユーザーがものを言うようになり、お金をインターネット上で使うようになると、企業はサービスを開発する上でユーザーにお財布を開いてもらうにはどうすれば良いか、を考える必要が出てきたんです。それまでの技術オリエンテッドな開発から、ユーザーが欲しがるものを主眼においたサービスオリエンテッドな開発へとシフトしていったのは、2004年が境目だと思いますね。

森實:SNSの登場による変化というと、アジャイル開発が日本に浸透するきっかけを作ったのはmixiだと僕は思ってますよ。

mixiってリリースしてから4年以上もベータ版として運営してたんですよ。エンジニア界隈では「永遠のベータ版」って言われていたりもして。でも、ベータ版という考え方を浸透させたのはひとつの功績ですよね。完成したものをリリースするんじゃなくて、リリースした後に改善させていくっていう、新しい開発手法の提示になったわけですから。

土橋:こういったSNSの流行があって、その後に訪れたのがソシャゲブームですよね。2004年にPHP5が登場したり、LAMPが拡がっていったのも後押ししていると思います。

久松:2007年にはGREEの「釣り☆スタ」など、ゲームに課金するというムーブメントができましたね。釣り竿を買っても、しばらくすると壊れるんですよ(笑)。だからさらに課金してしまうという。寺尾さんはこの頃は「Second Life」にハマッてたんですよね。2003年くらいですか。

寺尾:仮想世界でリアルな取引ができるので、お金を稼ぎたかったんですよ(笑)。でもPCへの初期投資にめちゃくちゃお金がかかって、始めるのに80万くらいはつぎ込んだんじゃないかな。マシンスペックが高くないとスムーズに動作しないんですよ。マザーボードとか買い直しましたね。10ヶ月くらいは稼ぎました。

森實:企業が「Second Life」内に広告が出せる仕組みだったので、プレイヤー自身が広告収入を得ることができるんですよね。2007年に日本語版がリリースされた当時、僕は企業に広告出稿を促す側、仮想店舗を作る側にいました。でも、最終的には企業参入がなくなったので、今はほとんど通常のゲームと同じですね。

「Second Life」は、時代の先を行きすぎてたんじゃないですかね。当時はCPUが足りないとか、回線が遅いとか、いろんな問題を抱えていてプレイするハードルが高かった。今の時代の方が世の中にウケる気がしますね。

寺尾:VRとかを使ってリリースしたら流行りそうですよね。

土橋:GoogleMapのリリースは2005年ですね。これでAjaxが一気に有名になりました。JavaScriptの可能性がぐっと拡がりましたね。

iPhone3Gが日本に初登場。プログラミング言語の高級化も進む

的場:2008年にはリーマン・ショックが起きました。IT業界では、小規模なソフトハウスは耐えきれず潰れてしまうことが多発していたんですよ。2000年代はじめにITバブルがはじけて、その次はリーマン・ショックで、結構つらい時期でしたね。

久松:私は学術に居ましたが2006年くらいまではITバブルの残り香みたいなのがありました。リーマン・ショックで産学協同プロジェクトが減り始め、2009年の事業仕分けで国の公募プロジェクトが減ってダメ押しになりました。

土橋:iPhone3Gが日本で発売されたのも2008年ですね。当時、ガラケーでフルブラウザを使うのに月額500円くらいかかっていたのが、iPhoneだったらタダで使えるっていうのに魅力を感じて、発売されてすぐ買ったんですよ。当時のiPhoneは絵文字打てない、着信拒否できない、iモード見れない、キャリアメール使えないのないないづくしだったんで、友だちにはバカにされましたけど。

久松:僕もそのタイミングでiPhoneを買いましたね。ソフトバンクショップでは軒並み売り切れていて、近くの大型ショッピングセンターで残っていたのを買いました。アドレス移行が大変で、今でもぐちゃぐちゃです。SNSの台頭で連絡を取る際には特に困ってないのですが。

森實:僕は天の邪鬼なんで、Android派でした。一番最初に発売されたAndroid搭載のソニー・エリクソン製の初代Xperiaを買いましたね。

寺尾:僕もiPhoneは合わなくてAndroidですね。

的場:スマホの少し前には、PalmをはじめとしたPDAの時代が少しありましたね。2005、6年あたり。

久松:電子手帳の派生なんですよね。Wi-Fiに繋がっていたときのスケジュール管理とメールあたりがメインでしたね。技術オリエンテッドな発想で実現できそうなことをひたすら盛り込んだ感じで、iPhoneのように「ユーザーがどう使うか」という総合的なストーリーを持ったサービスオリエンテッドなアプローチの前には分が悪かったですね。

的場:僕はあれ、欲しかったんですけど、高くて買えなかった。Palmがあんまり伸びなかったから、スマホの時代がくるのはもう少し先かなと思っていたら、全然違ってた。

土橋:iPhone3Gの時代ってまだiPhoneを信用していなくて、ガラケーと2台持ちしている人が多かったですよね。iPhoneだと、電話しようにも3回に1回はフリーズしてた。

久松:ここ数年、RoRやSwiftをはじめとしてプログラミング言語も高級化が進んできましたよね。C言語の時代は1日1000行コードを書くことが一流プログラマだ、なんて言われていた時期もありましたが、今では物によっては1000行書いたらひとつのサービスが出来上がりますからね。

土橋:プログラミングにおける行数の価値ってなくなりましたよね。今は2時間考えて20行書く、ぐらいのこともザラにあります。

久松:私の妻もエンジニアなんですけど、新しく入った現場でSwiftのファイルを開いたら1ファイル4万行あって、しかも4ファイルだけだったそうなんですよ。メンテナンスするには辛いですね。どうも往年のコンパイル言語の香りがする話だなぁと思って前任者を確認したら、BASICプログラマだった方によるものだったと発覚して。

森實:言語特性を意識してその言語に応じたプログラムを書くことが、現役であり続ける肝になっていますね。

土橋:昔は1000行書くのが当たり前だったものも、開発ツールが変われば一瞬で作業が完結するような流れが出てきますからね。APIの進化もありますし。スマホアプリが一般的になってきた2010年頃には、サーバとのやり取りがXMLからJSONに変遷していきましたね。

パブリッククラウド、サーバーレス環境の登場でサービスリリースに変化

久松:インフラではAWS東京リージョンが2011年3月2日にリリースされて、そのわずか9日後の3月11日には東日本大震災がありました。

東京リージョンには、3月28日に2番目のAvailability Zoneが登場しました。震災の影響でBCPに対する意識が高まり、これにより地理位置的に分散しているAvailability Zoneの概念を早期から持っていたAWSへの注目が集まった形ですね。

寺尾:パブリッククラウドの登場によりDevOpsが2013年頃から流行していますね。それまでネットワークエンジニアが居て、サーバエンジニアが居て、ようやくプログラマのソースコードが動く土壌が出来ていたのが、ブラウザからクリックでできるようになった。

久松:インフラで言うとGoogleのQUICも興味深い動きです。Google製品が軒並みUDPベースのQUICを採用し、アプリケーションの応答性能を改善してきました。一方でネットワークエンジニアは突如増加したUDPトラフィックに焦りましたね。「攻撃?!」とか。UDPはネットワーク管理者による制御が難しいので、ブロックの判断がされることもありますね。

土橋:サーバレスアーキテクチャが言われ始めたのは2014年のAWS Lambda登場からですね。制約はあるもののサーバセットアップが不要というのは衝撃的でした。

AIブームと働き方改革

寺尾:2017年はIoT元年と言われていますが、ハードウェア別にソースコードが違うようなところでは、専用のサーバを作り分けなくて良いので積極利用されていますね。

的場:2017年は仮想通貨ブームもありましたね。

久松:翌年の電子決済ブームもそうですが、数多くの仮想通貨が生まれましたね。私は転職活動をしていた時期が2017年暮れだったので、丁度バブルの頂点でした。ヘッドハンターからの提案でも「仮想通貨に興味ありますか?」とよく聞かれました。

森實:Google Cloud Visionが登場した2015年からは、手軽に画像解析できる環境が整いましたね。AIがぐっと身近になったきっかけのひとつだと思います。

久松:これまではAIエンジンそのものを開発できる人にスポットが当たっていましたが、既存のAIエンジンを組み合わせ、実現したい世界に向かって少しずつ積み上げていくというヴィジョンオリエンテッドな動きができています。

AIを用いたサービスが台頭することで、マンパワーによる仕事が淘汰される流れが出てくるでしょうけど、だからといって今までやってた仕事が完全になくなるわけではないと思うんですよ。どんどん裾野が広がっていっているので、自分の対応域を広げていきやすい時代になっていくんじゃないでしょうか。

自動運転やロボットなど、5Gの登場で市場はどう変化するか

寺尾:AIといえば、森實さんの大好きなスマートスピーカーが登場したのは2017年ですね。

森實:AI、IoT、5Gといった要素があってこその自動運転の時代も来ていますね。2018年にはトヨタ・ソフトバンクの連携も発表されて車好き、MT好きとしてはなかなか複雑な心境ですが、今後が気になっています。あ、もちろん今も車にスマートスピーカーは載せてますよ。

久松:5GはHuaweiショックのように政治的な駆け引きの材料になっているのもさることながら、楽天の携帯事業参入も予定されていて動向が気になります。

一方でMVNOによる格安SIMの存在や中古端末市場の盛り上がりによる端末寿命の長期化を考えると、「5Gと10万円以上の端末でリッチコンテンツを享受する高級路線」と、「4G格安SIMと中古を含めた安価な端末によるエコノミー路線」との2極化、およびその情報格差が起きるのではないかと考えています。

自動運転車やロボットといった、ハードウェアと抱き合わせた領域での5G普及は予想されますが、個人端末については5Gが4Gのカバー範囲を塗り替えるであろう数年先までは、流通するコンテンツも含めて目が離せません。

久松:今回30年を振り返っていく過程で改めて感じたこととして、「技術やサービスが登場してから流行するのにはどれも数年のラグがある」ということがあります。誕生だけ追っていくと肌感覚とズレるのが面白かったですね。つまり、今は特に気にしていない新技術やサービスも、数年後には生活を送る上で必要不可欠なものになっているかも知れない。ちょくちょくただのバズワードも混じることが多いIT業界ですが、それも込みで今後のIT業界は興味深いですし、油断できないですね。

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